けもなれ 京谷鑑賞倶楽部会員のラス前波乱を観る

朱里が一人暮らす京谷のマンションに千春さん現る!

前回に続き、今回も京谷は箸休め的な感じなのかな?と思ったけれど、千春さん、朱里、晶がドタバタの挙句に腹を割って話をし、すっかり打ち解けた様子は「京谷会」にしか見えません

三人とも幸せなんじゃん、幸せにしてもらったじゃんと思わずにはいられませんでした

5TAPSでの恒星と京谷の会話も、恒星のかなり心のうちをそのまま口にしている姿が印象的でした

自分にとっての一番のわだかまりを自分の決意で解消することができて、不要なガードを下ろすことができたのかもしれませんが、このまま友達になればいいのになぁと思いました

恒星自身のイラッとしがちなところがなくなれば、京谷は癒し系だから、いいと思うんだ、友達に、特に恒星みたいなタイプには

 呉羽のスキャンダルでも取り上げられることのない京谷、かっこいいとはいえ一般人ですしね、かっこいいとはいえ

結婚前の恒星より、結婚後の京谷とのコトの方が問題なはずなのに、なぜか彼の周辺は凪いでいる、幸運な人です

 

お話では、自分本位であること、自分の気持ちを大切にすることで世界が変わるかのようだった晶と恒星に、変わらない現実が突きつけられます

吹っ切れた晶は、たった一人の誰かを手に入れたり、誰かにとってたった一人の自分にならなくても、いろいろな人といろいろな繋がりがあるのなら、それは一人ぼっちではないと思うと朱里に言います

けれど、それは一人の自分が十分に強い場合ではないのかなと思います

呉羽の「苦しい時に一緒にいたいから結婚した」や、朱里の「それでも愛されたいな」は、二人が晶以上に自分の弱さを自覚しているから口にした言葉なのではないかなぁと思いました

一人でも一人ぼっちじゃないと思える強さは、京谷と「初めて人に愛された」と思える恋をして、その恋を自分で捨てて、自分を取り戻したことで手に入れたはずでした

けれど、どうしても自分に絶望してしまう時はあって、ちょうど同じように自分に絶望した恒星がいて

どうなるのかなぁ?

 

お話の中で気になったセリフは

恒星の晶評、「性別を超えて、人間として付き合える存在」です

あれ?人間でいいの?獣は?獣はどこに行ったの?

この台詞は、生きづらさを獣になることで乗り切ろうとしていたはずの彼が、人間として生きづらさを乗り越えていけると思った、その一時の慢心から出た言葉で、この後足元を掬われる展開になった…ということなのか

もう一波乱乗り越えなければ、獣じゃなくて、人間として生きていく強かさは手に入らないよということなのか

あとは、先ほどの呉羽、朱里の台詞

それと、京谷会での「京谷が助けてくれなければ朱里は今、生きていなかった」という流れと、恒星の「人助けなんて自己満足」の繋がりです

 

晶が啖呵は切ったけれど爆弾は投げられなかったこと、恒星が悪事を断りきれなかったこと

どちらも自分のために頑張ろうとして、失敗してしまいました 

晶と恒星が自分のために頑張ろうと思ったのは、お互いに背中を押し合ったからできたことなのですが、二人とも「あなたがそう思うならいいと思う」とか「人間としていい関係」というところで立ち止まっていて、それ以上の関わりを持とうとも、自覚しようともしていませんでした

相手の背中を押すことや支えることの責任は互いに放棄しているように見えました

「人助け」、積極的に「あなたは正しい」「応援する」と言うことは、「自己満足」で、「一人ぼっちがいやで、誰かを求めることと同じ」なのでしょうか

 

4年間朱里の命を救い続けた京谷のことを、どうしても考えてしまいます

あんなことする人はいない

けれども、京谷は晶の存在を別にすれば、確実に自分にできることをしていたわけです

できっこない人助けを自己満足のためにしていたとは思えません

結果、朱里に対する責任と、晶に対して果たしたい責任、両方を背負おうとして失敗するわけですけれど…

けれど、朱里は生きていて、晶も次のステップへ進もうとした、これは人と人の関わり合いとして、失敗だったのでしょうか

失敗はしていないと思うんですよね、人間として

彼氏としては彼女を失いましたけど、それ以上のことをしたと思います