曽我編集長が何かしらの黒幕であって欲しいと思う理由
それは、加賀美が犯人でも、梅婆が関与していても、二人に個人的なそうなる理由があれば、それは物語として受け入れられてしまうということです
どんな理由があったとしても、差別、迫害、当然のこと命を奪う行為は許されない
けれども、人がそのような行為に至る過程は、それを一人の人間にフォーカスしてみると物語となってしてしまうのです
結果、差別はいけない、人を傷つける行為、命を奪う行為は許されない
けれども、世の中いろいろあって、そういう行為に及ぶ人がいて、そういう被害に遭う人がいる
どちらも悲しく、痛ましいことだね
で終わってしまう
けれども、です
こころや闇原一家、他の吸血鬼たちは連続殺人犯を恐れていたでしょうか
吸血鬼が狙われていると知る前から彼らは怯えて暮らしていました
何に?
人間にです
それは自らの根幹にある憎悪をもって人を殺害する加賀美のような人間ではなく、カジュアルに憎悪を消費し人を死に至らしめる、そういう集団が人間の中に発生することに怯えていたのです
私の毎日にドラマはありません
誰かに多大な害をなすような動機はありません
でも、イライラしている時、がっかりしている時、他人に些細な害を与えることはあるでしょう
無自覚でカジュアルな悪意の発露です
自分が一滴垂らした毒が人を殺すとは思わない、顔も知らぬ同士がその一滴ずつで人を殺すかもしれない
集団という形ができて、この毒は正しいと思うに至れば、自ら蛇口を壊して垂れ流すでしょう
unknownを隠された存在であらしめているものは、その一滴です
それを表現できるのは、マスコミ・曽我編集長だと思うのです