その一方で、ユイ・チェンは生きてゆきます
山村で豆腐を作って暮らしていたユイ・チェンは同じ村の若者と恋に落ちました
将来を約束した彼は徴兵され戦地へ、ユイ・チェンは彼を探しに上海に出てきます
昼間は彼を探して軍の病院で看護師として、夜は生きていくために街娼として働きづめに働きますが、彼との再会は叶いません
戦況の悪化に伴い、国民革命軍支持者は次々と台湾へ逃れていきます
傷病兵も台湾へ移送されていると知ったユ・イチェンは自らも台湾を目指しますが、船賃は日々高騰し、一般人には手の届かない価格になっていました
ユイ・チェンは乗船券で支払ってもらう約束で男に身を売りますが、男は彼女に「お前にそんな価値はない」と言い、金を渡して済ませようとします
約束どおり乗車券をと取りすがるユイ・チェンを罵って立ち去ろうとする男を、ユイ・チェンは木材で殴ります
「あなたの言葉を信じたの」「私は信じるの」「私は、ただ信じるの」「それが、なぜいけないの?」
友人の助けで太平輪に乗船できたユイ・チェンは、甲板にぎっしりと詰め込まれた傷病兵の中にトン・ターチン(雷将軍の部下)と再会します
トン・ターチンは軍の配給を多くもらうために、ユイ・チェンと赤ん坊(赤の他人)と偽の家族写真を撮りました
ユイ・チェンにとっては駄賃目当ての仕事でしたが、同郷出身とわかり、自然とトン・ターチンに労わりの言葉をかけます
トン・ターチンはユイ・チェンの優しさに心ひそかに再会を願い、過酷な戦場では彼女との家族写真を本物のように心の支えにして生き延びました
トン・ターチンの戦友に語った妻ユイ・チェンは「学があって賢く」「誰にでも優しく慈愛深く」「美しい」女性です
しかし、実際のユイ・チェンは豆腐作りしか知らないために上海では街娼をするしかなく、生きるためには人を押しのけて食べ物を得、汚い仕事をしている人間として人々に追われ行き場を失っていました
甲板で互いに相手をそれと気づかないまま、ユイ・チェンはトン・ターチンを看病し、トン・ターチンはユイ・チェンに愛する妻の話をします
トン・ターチンが写真を見せたことで、ユイ・チェンは彼に気づき、互いに再会を喜び合います
そして、太平輪は沈みます
傾く甲板で、夜の海上で、争う人々の間でユイ・チェンとトン・ターチンは励まし合い、支え合い、偶然行き合った赤ん坊を助け生き延びます
ユイ・チェンが乗船券を手に病院を飛び出したとき、入れ違いに彼女の待ち続けた恋人は遺体となって搬送されていました
彼女はひたすらに恋人との再会を信じ、信じることだけで生きてきました
しかし、ユイ・チェンの新しい人生の決断に「恋人の死」という事実は必要ありませんでした
ただ「生きよう」と思い、それを共にしようとする人がいて、助けたい命があった
それがユイ・チェンをただ信じるだけの過去から、選び掴む未来へ向かわせたのではないかと思います
巌にも共に生きようとする人はいました
母親を義理の姉(妻)を弟を助けたいとも思っていたでしょう
けれど、生きようという思いはあったのか
巌は「誰も思ったような人生なんか歩んでいない」と言いました
ユイ・チェンもそうです
二人の違いはなんだったのか、考えてしまいます
トン・ターチンがユイ・チェンと気付かずに語った、“妻”の話が心に残っています
「同じ村の幼馴染で」「恋に落ち、結婚して」「優しい妻と温かい家庭を築いた」
それは嘘でしたが、ユイ・チェンが信じて求めた未来であり、思い出でした
未来も過去も自分一人では作れない、誰かとの間に存在するものなのでしょうか
ユイ・チェンが恋人との間に追い続けたものは、トン・ターチンとのたった数時間の偶然の出会いの中にすでに生まれていたのかもしれません
ユイ・チェンとトン・ターチンは救った赤ん坊とともに家族として台湾で生きていきます
台湾では、この後もまだ戦争、動乱が続きます