「アストリッドとラファエル 文書係の事件簿」の話

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現在、NHKで再放送中の「アストリッドとラファエル 文書係の事件簿」

本放送時、ちらちらと観ていて面白かったので、シーズン2開始を前に再放送を観ています

 

第3話、第4話は「呪われた家」の前後編でした

そこで気がついたことを書きます

 

犯罪科学の専門家としてラファエルと共に事件捜査に関わるようになったアストリッドですが、この事件の捜査の途中で「犯罪資料局にイヤーマフを忘れてきました。取りに戻らなくては」とラファエルに訴えます

ラファエルは「わかった」と言いますが、「検死室へ行って、捜査室へ行ったら」戻ろうと提案します(この時、ラファエルはアストリッドの方を見ていません)

アストリッドは検死室へ行き、捜査室へも行きますが、ラファエルが刑事たちと話をしている間にいなくなり、翌日は捜査の場に姿を見せませんでした

その後、ラファエルはアストリッドの上司であり後見人である犯罪資料局局長からアストリッドの状態を聞き、アストリッドを事件捜査に関わらせないよう言い含められるのです

私はラファエルの落ち度だと思って観ていました

イヤーマフを忘れた」という訴えの後、アストリッドの主観的映像として雑多で騒々しく負荷の高い環境が描写されます

犯罪資料局に戻ったアストリッドは疲弊し、書架にもたれて座り込んで泣いていました

ラファエルの「後で」は、アストリッドの特性を知りながら、配慮に欠けた判断でしたし、判断するためには彼女の様子を見るべきでした

その夜、息子テオが誘拐されたと思い込んだラファエルの前にアストリッドが姿を表します

無事に息子を発見したラファエルはアストリッドに謝罪し、「無理に捜査協力をしなくてもいい」と伝えます

その時、アストリッドは答えるのです

「私は限界に挑戦しているのです」

 

アストリッドの特性に対しては、ラファエルが配慮する責任を負うという考え方は、アストリッド自身が自分の特性に相対していくことを否定するものでした

私はアストリッドの主体性をないものとしていたのです

あのアストリッドの主観映像は、気の毒な被害を伝えていたのではなく、アストリッドの現実を見せていただけなのです

その世界を私も見ることが大切なのです

 

特性を理解しようと努め、想像力を働かせ、観察し、時間や体験を共有し

もちろん配慮も、譲り合いも、歩み寄りも必要

けれど、その前にその人の全人格と向き合わなければいけないのでした

その人は、何かが欠けた人間ではないのですから